2020年01月22日

就職氷河期世代の活用について(大学院の研究論文④)


雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響

   藤井 哲也(京都大学公共政策大学院)


4-4 考察
 「正規労働者としての就労年数」が実践知の獲得につながっていること、そして「正規労働者以外の雇用形態による就労年数」は実践知獲得との間で因果関係がみられないという結果は、予想していた通りのものとなった。
 正規労働者は雇用期間の定めのない雇用契約であることを考えると、能力開発の機会も多く非典型的な仕事を経験する過程で技能を磨くことができると考えられるが、他方、非正規労働者は会社や個人によって得られる経験や能力開発の機会はまちまちだと考えられる。これは、堀田の先行研究 とも概ね一致している。
 また実践知のうち、ヒューマンスキルの獲得については、正規/非正規とも影響を与えておらず、就労経験が「ソーシャルスキル」の獲得に影響を与えていないとした、塩谷の分析結果 とも合致する。
 また分析結果は、職業上の就労経験のみが「実践知」の獲得に寄与しているのではなく、例えば、子育ての経験や自治体活動、PTA活動などのコミュニティ活動を通じても獲得できることを明らかにした。
 一般的には、いったん教育訓練やキャリアアップの機会が、より多い仕事や雇用形態(日本では、主に正規労働者)の標準コースから外れてしまえば、統計的差別や固定的観念により、職業能力の獲得やキャリア形成に開きが生じると考えられる。久本は、「人々の職業能力の基本的な部分は家庭や学校生活のなかで学ぶことができる。しかし、実際に必要な職業能力の多くは、日常的におこなわれる企業での職業経験の積み重ねのなかで育成される 」と、「仕事競争モデル」に関して述べる。
 しかしながら、本稿の分析結果によれば、いったん非正規労働へ脱落してしまったとしても、充実した子育ての経験やコミュニティ活動などへの主体的な社会参画も、実践知の獲得につながる可能性を明らかにしている。
 職場外の経験が、どのように実践知獲得に寄与するのかという仕組みは明らかではないが、「本研究の特色」でも示したように、認知心理学における類推の考え方や、発達心理学におけるフィッシャーの「能力の発達に関する5つの変容原則」の他、キーガンらが言うように「人格的成熟」に子育て等の職場外の経験は影響を与え 結果的に実践知を獲得できる可能性があるとも考えられる。
 このような考察に基づけば、就労支援や人的資源管理の場面で、従前は雇用形態や職歴などが重視されがちであったと思われるが、非正規労働者であったとしても実際に従事して

得た経験や、または子育て・社会活動を通じて得た具体的経験も労働政策を検討する上で有効に活用できると考えられる。


5 検討すべき労働政策
5-1 「就労支援事業」における「職務外の経験」に対する評価の見直し
 これまで、職務経験以外の子育てや介護の経験、または自治会やPTAなどの役員経験、もしくは非営利組織へのボランティア参加などに対する経験は、公共機関による就労支援や企業の採用活動においても、一般的には欄外の扱いであったように思われる。
 様々な社会活動による活動が実践知の獲得につながっている結果を踏まえると、非正規労働者や無職者に対する就労支援や教育訓練の現場では、従来のスキルや知識の積み増しを行おうとする観点に加えて、これまでの社会経験の中から、潜在化している実践知と代替性・補完性、あるいは横断性がある具体的な経験を、キャリアカウンセラーやハローワーク、教育機関で従事する職員、また民間の採用担当者などが発掘し、評価することも、検討されるべきである。
 育児休業を経て、職場や職業生活へ復帰する者のスキル不足が社会的課題となっている現在、子育て等の経験を政府や自治体、産業界が職業能力と同等に捉えることができるならば、効果的な就労支援にもつながるであろう。
 非正規労働者などはその具体的経験にかかわらず、就労に際して統計的差別を受けることが多い。こうした、統計的差別や固定的観念をなくすことができるのは、「積極的(アファーマティブ)活動(アクション)を用いるときだけ 」とされる。それならば、公共機関が率先して職場外の経験をポジティブに評価し、就労支援や任用に用いていくことは、意義あることだと考える。

5-2 「人的資源管理」における「子育ての経験」に対する評価の見直し
 企業では、社員の仕事経験の幅を広げ社内外の人的ネットワークを拡大させることを意図し、転勤を含む人事異動を人事管理の一環で行うことがある 。実際、「希望通りの異動(転勤を含む)は、円滑な業務運営に必要な能力習得に対しプラスに影響する傾向 」があるとされ、これまで出産や子育てを主に担ってきた女性は、正規雇用継続の機会が限定されることがあった。
 現在、男女共同参画推進や女性活躍推進に係る施策展開を受け、女性有業率のM字カーブは解消されつつあるものの、いまだ目標の途上にあると言える。
 本稿における分析結果は、子育ての経験が実践知の獲得に寄与する可能性を示唆するものであった。
 したがって、希望通りの人事異動(転勤を含む)によって得られる能力開発機会と、子育て経験によって得られる実践知獲得は、「仕事経験の幅が広げられる」などの経験的文脈の点で共通性・類似性が見いだせるとすれば、出産後の一定期間は、家庭内で子育てに専念したいと考える者にも効力感を与えることになるはずである。
 また企業の人的資源管理においては、育児休業や復帰後の働き方・雇用形態が、本人のキャリア形成において利益が損なわれることがないように考慮され施策検討される際の評価要素になるものであると考える。

5-3 非正規労働者への能力開発支援の充実
 本稿調査結果では本人の経験から学習する態度に雇用形態の別による大きな差異は見られなったことから(批判的思考力、挑戦性、柔軟性の各平均値は、現職正規39.7/8.0/9.2、現職非正規40.4/7.6/9.3であった)、経験学習の観点から考えると違いが生じた要因は、与えられた経験の質や学習できる職場環境であると考えられる。
 確かに長期雇用を前提としない非正規労働者に対して、責任が伴う重要な仕事は任されることが少なく 、定型業務を任されることが多い非正規労働者にとって、上司や同僚からの内省支援の機会やその質も低いことが考えられる。
 しかし本稿の分析では、雇用形態にかかわらず、子育て経験や社会的活動への参画が有意に実践知に結びついていることが明らかとなった。つまり、非正規労働者であっても正規労働者並みに経験を積み知識やスキルを有している者がいるということである。
 中原は組織学習の観点に立ち、普段の自分のフィールドから越境することによって得られる「「違和感」を通じた振り返りこそが、「学びや変化の源泉」 」と述べるように、雇用形態によらずにインタラクティブな内省風土を形成することが、正規労働者と非正規労働者両方にとってよりよい学習環境につながると考えられる。
 労働政策としては、非正規労働者が潜在的に持つ知識や経験が組織学習や企業経営に利点があることを、キャリアアップ促進事業などを通じて周知に努めることなどが求められる。

5-4 求職者等への教育訓練事業の充実
 本稿で得られた知見は、職場外での能力開発機会である国や自治体が離職者に対して行う求職者訓練などの公共職業訓練事業へも適用できる。
 歴史的に見れば、公共職業訓練は、「企業内訓練の補完機能を果たしてきた」ものの、長期雇用を前提として成立していた職業能力開発モデルが崩れてきた昨今では、「公共職業訓練のもつ社会的重要性はより高まる 」と考えられている。
 経験学習論では、本人の省察的態度や他者からの内省支援の機会が実践知獲得に貢献できると考えることから、公共職業訓練においては、アクティブ・ラーニングや問題解決型学習(PBL)を教育訓練過程に活用することで、より効果的な能力開発につなげることができると考える。
 具体的には、公共職業訓練の場で、正規労働者が実際に経験するケースを疑似体験し、チームで解決にあたる機会を設けるなどが考えられる。
 これらに加え、非営利組織などのコミュニティ活動そのものが、問題解決型学習(PBL)などの学習支援機能を有すものと考えられており 、たとえば、既存の職業教育訓練におけるカリキュラムの一つとして、非営利組織などへのインターンシップ参画を加えるなどして、制度化を図ることは、現実的な施策であると考える。

  
6 今後の課題
 本稿では、仮説検証に基づく考察から検討すべき政策課題の提示を行った。一方、研究を進める過程で新たな課題も明らかとなってきた。以下に今後の課題を挙げて結びとしたい。  
 一点目は、本研究の深掘りである。先述したように、発達心理学の観点からは、仕事だけではなく、家庭生活や市民としての活動もキャリア形成に寄与するとされている 。本稿では、「3年以上の子育て・コミュニティ活動経験」を一括りとして独立変数として取り上げたが、どのような具体的経験がどのようなスキルの獲得につながり、そしてどのように評価されるべきかを、経験的文脈の中で詳細に研究する必要がある。そうすることで、本稿で「検討すべき労働政策」として取り上げた各施策に関して、より効果的・効率的な企画立案に貢献できるものと考える。
 二点目は、成果や業績といった「アウトカム」を意識した実践知研究の広がりの必要性である。松尾がほぼ例外的に取り上げてはいるものの 、先行研究をレビューする中で気付いたことは、具体的経験がどのように実践知に結びついているのかにとどまっている問題であった。現実的に企業や団体は成果や業績を志向している。実践知獲得はいわば能力開発施策のアウトプットに過ぎない。実践知研究がより一般的なものになるためにも、今後は実践知と業績との間にどのような関係があるのかも研究されていく必要があると考える。
 三点目は、私自身の統計学に関する知見を高めていく必要性である。多様な統計的分析手法を習得することで、より精緻な分析結果を得られるものになると考える。また本稿では先行研究に倣い、実践知尺度を同間隔とし単純加算して用いたが、さらに良い方法も検討する必要があると考える。
(以 上)

               ※全文PDFは京大公共政策大学院ホームページ



  

Posted by 藤井哲也 at 21:34Comments(1)子育てによる実践知獲得

2020年01月22日

就職氷河期世代の活用について(大学院の研究論文③)


雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響

   藤井 哲也(京都大学公共政策大学院)


2-4 経験がスキル獲得に及ぼす影響に関する研究
 さて、「経験からの学習態度」が実践知獲得に貢献していることは一連の研究で明らかになったものの、「どのような経験」が実践知獲得に影響を及ぼしているのかを、デューイに始まる経験学習理論 の観点からより俯瞰的に見る必要性がある。
 経験学習理論は「「能動的実験・具体的経験」と「内省的観察・抽象的概念化」という二つのモードが循環しながら、知識が創造され,学習が生起する 」とコルブが示したモデルが一般的に知られる。
 経験からの学習に関して、日本で先駆的な研究を行ってきた松尾は、「経験の量的側面である「経験の長さ」が業績とどのような関係にあるかが分析されてきた」ものの、「経験年数と経験内容がどのように関係しあっているのかを検討した研究は見られない」ことを述べた 。
 こうした先行研究が残した課題に対して、松尾は、営業職の経験が現在の業績にどのように寄与しているのかを分析し他の業種や職種と比較する中で、「経験学習プロセスにも領域固有性が存在する」とした。つまり、業種や職種などの「経験の内容」により成長パターンが異なることを指摘した 。これは、「ホワイトカラー職種において、能力開発に適した方法が、仕事の性格によって異なる 」とした、労働政策研究・研修機構の研究においても言及される。
 また楠見・金井他は、管理職やIT技術者、教師や看護師、デザイナーらの領域ごとの実践知が、どのような経験を経て獲得されるのかを詳細に描き出した 。
 さらに木村らは、独自に経験学習尺度を作成し、中原が作成した能力向上尺度 や、楠見の経験からの学習を支える態度尺度 を用いて分析を行い、同僚や上司からの内省支援や業務支援を受けながら経験を通じた能力開発が進められるプロセスを明らかにした 。

2-5 雇用形態とスキル獲得との関係に関する研究
 経験からの学習に関して本研究で取り上げる、雇用形態とスキル獲得との関係性について研究したものは少ないが、塩谷のものがある。
 塩谷は、対人コミュニケーションの技能として「ソーシャルスキル」を位置づけ、当該スキルの高低によって雇用形態に差異が生じる可能性を実証した。
 それと同時に、「ソーシャルスキルの高い者が正規雇用の職を得たのではなく、正規雇用者としての就労経験が就職後にソーシャルスキルを高めた可能性」についても言及し実証分析を行ったところ、有意な結果は得られず翻って塩谷の仮説を補強するものとなった 。
 しかしながら、離学後一貫して正規労働者は正規労働者として、また非正規労働者は非正規労働者として就労してきたことを前提とする点 や、本稿で取り上げる実践知のうち、「ヒューマンスキル」と類似性が認められる「ソーシャルスキル」のみを独立変数としている点において、さらなる検証の余地がある。
 確かに、非正規労働者から正規労働者への転換は一般的に困難であるが、佐藤による調査では、正規への移行経験がある初職非正規の比率は41.1%であったこと や、独立行政法人労働政策研究・研修機構が行った30歳代を対象とした調査では、5年前に非正規労働者であった男性のうち20%以上が正規労働者へ雇用形態を転換している など、現在の就労形態をもって一概に当該雇用形態での就労年数とするには無理があると考えられる。

2-6 本研究の特色
 ここまで、経験を通じた実践知獲得に関する研究を検討してきた。
 本稿の研究動機が、就職氷河期以後の非正規労働者に対する効果的な労働政策を模索するものであることを踏まえ、まずは正規・非正規の就労経験年数と実践知獲得との関係性に、どのような差異があるかを定量的に分析したい。
 さらに、実践知はなにも仕事の場のみによって得られるものではないと考えられる。
 先述した楠見による知的熟練過程の第3段階では、文脈を超えた類似性認識ができるようになり知識やスキルの援用が可能になるとされる。また発達心理学の観点では、キャリアは「労働者」、「子ども」、「学生」、「余暇人」、「市民」、「家庭人」の6つの生活役割が、相互に影響しあい形成されていくものと考えられており 、またフィッシャーが提唱した「能力の発達に関する5つの変容原則」の考え方 に基づけば、職務外の経験を通じて獲得された能力も職務内の課題に対して代用化し実践知として活用できるとも考えられる。
 すなわち、子育ての経験、または自治会やPTAなどの地域活動や非営利組織へのボランティア活動などの経験は、正規労働者が仕事上で得られる経験との間で、代替性や補完性があるものと考えられるのではないだろうか。
 子育ての経験が実践知獲得に寄与するとする研究はこれまで見られないが、非営利組織については、佐藤がピーター・センゲ等の学習理論を踏まえて、「NPOは個人のもっている能力・知識や経験を集団的に共有し、リーダーやスタッフが集団としての知を形成し、共同性の再構築にむけて相互支援的な事業を推進しつつ社会に働きかけていく。この過程にNPOとしての特徴的な教育力をみいだすことができる 」としているように、非営利組織への主体的な参画が、実践知を獲得できる手段であることを示唆している 。
 本稿での政策検討は、子育ての経験が持つ価値を明らかにし育児休業後の就労との架橋にも貢献するものとなるであろうし、また地域活動や非営利組織へのボランティア参加を促進し、「新しい公共」の時代に相応しい社会的参画の意義を再認識することにもつながるはずである。
 なお、松尾が示した研究モデルに即して本研究を位置づけた場合、図3のようになる。経験学習の中で雇用形態が与える影響を分析し、また子育てやコミュニティ活動がキャリア形成過程において意味を持つのかを問うものである。


3 仮説及び調査方法

3-1 仮説
 本稿では、次の3つの仮説を立てて、それぞれ検証を行うものとする。
 (仮説1):「正規労働者」の就労年数は、有意に、実践知の獲得につながる。
 (仮説2):「正規労働者」以外の就労年数と、実践知獲得との関係性は、有意ではない。
 (仮説3):一定期間の子育て経験や社会活動は、有意に、実践知の獲得につながる。

3-2 調査方法
 マーケティングリサーチ会社(調査委託先:株式会社マクロミル)にモニター登録している20歳から50歳の者のうち、現在、正規労働者として働く250名、契約社員や派遣社員として働く非正規労働者350名の計600名を目標に調査を行った。
 質問紙の作成にあたっては、従属変数となる「実践知」に関しては、楠見が実践知のスキルレベルを自己評価させるために作成した質問 の中から9問を選定した。
 また独立変数に関しては、「雇用形態別の就労経験年数」や「子育て・自治会などの活動(共に3年以上の経験)の有無」に関する質問は、独自に作成したものである。「批判的思考力」は、平山・楠見が作成した短縮版(12問) を用い、「経験からの学習態度」は、楠見が作成した質問紙 の中から合計9問を用いた 。
 統制変数として用いる「学歴」は、中途退学を含めて中学/高校・高等専門学校/短大・専門学校/大学・大学院の中から選択できるようにした。
 なお、調査に用いた質問項目を巻末に掲載する。

3-3 調査概要
 2017年12月15日から19日の5日間にかけて調査を行い、現職が正規労働者である260名と、契約社員・派遣社員355名の合計615名から回答を得た。
 先行研究を踏まえて、ブルーカラー職(「生産・製造・工事」、「保安」、「調理接客」の経験年数が本人の就労年数の過半である者)と判断した者を標本対象から除外したほか、就職氷河期世代の前後において企業内の能力開発環境や賃金の固定的格差(世代効果)があるとする先行研究を踏まえて、46歳(1993年に、22歳の時に大学を卒業したと想定)以上の年齢の回答者、虚偽回答と分かる者などを除外した。
最終的に、現職が正規労働者である133名と、契約社員・派遣社員である172名の、「合計305名」(平均年齢35.2歳)を、分析に用いる標本とする。


4 分析と考察
4-1 分析方法
 (仮説1)と(仮説2)を検証するために、「実践知」を構成する3要素「テクニカルスキル(9点満点)」、「ヒューマンスキル(9点満点)」、「コンセプチュアルスキル(9点満点)」の合計点数をもって、従属変数たる「実践知(27点満点)」とし、「正規労働者としての就労年数」及び、「正規労働者以外の雇用形態での就労年数」のほかに、「経験からの学習態度」の代理指標として、「批判的思考力(60点満点)」と「挑戦性(15点満点)」、「柔軟性(15点満点)」の3つ要素を用いた。
また、(仮説3)を検証するために、子育てまたは社会活動の経験が3年以上ある者を「1」とし、未経験か3年未満の者を「0」とするダミー変数として、独立変数に加えた。
 さらに、「年齢」及び「学歴」の2項目を統制変数として加えることを検討したが、このうち「年齢」については、「正規及び、非正規の就労年数」の和との間で、多重共線性の傾向が見られたことから(VIF:9.34)、統制変数としては「学歴」のみを用いることとし、以上の変数をもって重回帰分析を行う。
 なお、「正規労働者としての就労年数」及び、「正規労働者以外の雇用形態での就労年数」の間には多重共線性の影響が低いため(VIF:1.32)、回帰式には両変数を同時投入することとする。
 以上の分析結果が、「正規労働者としての就労年数」は有意に「実践知」の向上(係数がプラス)に寄与しているのであれば、(仮説1)は正しいと考えられる。
 また、「正規労働者以外の雇用形態での就労年数」と「実践知」との間の回帰分析結果が、仮に有意でなければ、(仮説2)も正しいモデルであると考えることができる。
 そして、「子育て、または社会活動の経験が3年以上ある」という独立変数が有意であるならば、(仮説3)も正しいモデルと言えるだろう。
 なお「実践知」の点数化は、楠見の先行研究 に倣うものとし、テクニカルスキル、ヒューマンスキル、コンセプチュアルスキルに関しては、能力定義に対する自己評価を「初級=1、中級=2、上級=3」とし、3つスキルごとの和を当該スキルの得点とし、3つのスキルの合計点を「実践知」とした。「批判的思考力」並びに、「経験からの学習態度(挑戦性、柔軟性)」については、5点法を用いて、「非常に当てはまる=5、当てはまる=4、どちらとも言えない=3、当てはまらない=2、非常に当てはまらない=1」とした。そして、「教育年数」については、中途退学を含む最終学歴をそれぞれ、「高校=3、短大・専門学校=5、大学・大学院=7」として用いる。

4-2 分析結果
 各仮説に対する分析結果は以下の通りである。




4-2-1 仮説1に対する分析
 正規労働者の就労年数が、実践知獲得につながるとした仮説は、1%水準で有意であった。
 実践知の内訳をみると、テクニカルスキルとコンセプチュアルスキルが有意で、係数もプラスであった。

4-2-2 仮説2に対する分析
 続いて、非正規労働者としての就労年数は、実践知獲得との関係性において、有意な結果を見ることができなかった。
 実践知の内訳をみても、いずれのスキルにも有意に影響を与えていない。

4-2-3 仮説3に対する分析
 最後に、子育ての経験や主体的なコミュニティ活動への参画は、実践知の獲得につながるとする仮説は、5%水準で有意であった。
 なお、正規/非正規の就労年数以外には、「批判的思考力」や「柔軟性」、「挑戦性」などの「経験からの学習態度」についても、それぞれスキル獲得に有意に影響を与えており、楠見の先行研究とも概ね一致している。一方、「学歴」は有意ではない結果であった。調整済み決定係数は、0.16であった。

4-3 仮説検証                 
 分析結果により、仮説について明らかになったことは、以下の通りである。
 1.就職氷河期以後の「正規労働者としての就労年数」は、有意に、「実践知」の獲得につながっていることが分かった。
 2.就職氷河期以後の「正規労働者以外の雇用形態による就労年数」は、「実践知」の獲得において有意性はみられなかった。
 3.「子育ての経験や自治会やPTAなどの社会活動」は、「実践知」の獲得につながっていることが分かった。
 以上のことから、現在、概ね45歳以下とする就職氷河期世代より後世代について、(仮説1)と(仮説2)は正しいことが実証された。
 また、子育ての経験や自治会・PTAなどの役員経験といったコミュニティ活動への主体的参画も、「実践知」の獲得に寄与するとした、(仮説3)も正しいと言える。


               ※全文PDFは京大公共政策大学院ホームページ


  

Posted by 藤井哲也 at 21:28Comments(0)子育てによる実践知獲得

2020年01月22日

就職氷河期世代の活用について(大学院の研究論文②)


雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響

   藤井 哲也(京都大学公共政策大学院)


1-4 本研究の動機と目的
 ここまで見てきたように、非正規労働者の増加は、社会全体からみると、所得水準の世代間格差(就職氷河期以後は低い賃金水準の固定化)を招き、それは社会資本の低下や社会秩序の不安定化につながったり、結婚や出産に踏み出したりすることを躊躇する要因にもなり得る。
 私は、初職で人材派遣会社の営業職を経験して以来、現在に至るまで20年近く職業訓練校の運営や教育研修、職業紹介などの事業を通じて、非正規労働者や学生を対象に能力開発支援や就労支援に従事してきた。それは私自身が就職氷河期を体験し、これからの社会の成り行きに強い危機感を抱いてきたからである。
 本研究は、正規労働者と非正規労働者という雇用形態の差異が「実行・達成を支える知能 」としての「実践知」の獲得にどのような影響を与えているのかを、ホワイトカラー労働者を対象として分析するものである。
 そして、非正規労働者の「実践知」の獲得の見通しが正規労働者より低かったとしても、他に「実践知」を獲得できる方策がないかを探索し、検討するためのものである。
 本研究を通じて、少子化の大きな要因ともなっている就労形態の別による能力や所得の格差が生じる社会的課題に対して、新たな労働政策を展望したい。


2 先行研究
2-1 正規労働者と非正規労働者の能力開発機会の差に関する調査
 雇用形態による能力開発機会の差異については、労働政策研究・研修機構が、1万人を対象に行った調査がある 。
 この調査によると、年間20時間以上、職場外の教育訓練(以下、Off-the-Job Trainingの略語である「Off-JT」と呼ぶ)に参加した比率は、正規労働者では21.4%、契約社員で11.9%、パート・アルバイトで5.0%であった。また受講した内容については、「仕事をする上での基本的な心構えやビジネスの基礎知識を習得する研修」は、正規労働者は32.0%、契約社員は41.3%、パート・アルバイトは51.4%であり、「管理・監督能力を高める研修」と「中長期的なキャリア設計に関する研修」では、それぞれ正規労働者は32.1%/9.1%、契約社員は10.9%/0.0%、パート・アルバイトは5.1%/2.9%となっている。
 また職場内の教育訓練(以下、On-the-Job Trainingの略語である「OJT」と呼ぶ)に関しては、「専任の教育係を付けられた」、「仕事の幅を広げられた」、「段階的に高度な仕事を割り振られた」が、それぞれ、正規労働者は7.1%/24.6%/16.8%、契約社員は5.8%/17.9%/9.0%、パート・アルバイトは5.8%/18.7%/13.5%であった。
 総合的にみて、正規労働者の方が非正規労働者よりも、Off-JT・OJTともに能力開発機会は充実していると言える。

2-2 労働者のキャリア形成・技能熟練化に関する職業能力の研究
 次にどのような要素(能力開発機会など)が、労働者のキャリア形成や技能熟練化につながるのかを見たい。
 先駆的に研究を行ってきた小池は、「現代の職場では、一見量産方式でくりかえし作業のように見えようが、実は、おどろくほど変化と異常がおきており、それを上手にこなせるかどうかで、効率ははなはだしく異なる。このノウハウこそが知的熟練」とし、さらに知的技能の形成は、「おもに、はばひろいOJTによる 」とする。
 楠見はどのように労働者が熟練者となるのかについて、国際的な研究を基礎に知的熟練過程を以下の4段階に分類した。
 すなわち、①仕事の一般的手順やルールのような手続き的知識を学習する「初心者」の段階、②定型的な仕事ならば、速く、正確に、自動化されたスキルによって実行できるようになる「定型的熟練化」の段階、③状況に応じて規則が適用でき、さらに文脈を超えた類似性認識ができるようになり、過去の経験や獲得したスキルが使えるようになる「適応的熟練化」の段階、④すべての人が到達できるわけではない、特別なスキルや知識からなる実践知を獲得した「創造的熟練化」の段階である 。
 ところで、このような労働者の技能熟練化のために、日本においても職業能力の定義化や職能に基づく人事考課、目標管理は進められてきた。しかしそれは、「長期の働きぶりで長期の実績をきそう 」ことが可能だった当時の経済・社会環境が背景になったもので、職能評価と態度評価が混在し、また職能等級基準にも課題が残るものであった。
 しかし、世界経済の変化に伴い、内部労働市場を中心とした労働者の能力開発のあり方についても、大きく変化を求められた。米国で長期経済低迷を解消すべく、「ある職務または状況に対し、基準に照らして効果的、あるいは卓越した業績を生む原因として関わっている個人の根源的特性 」という、コンピテンシーの概念を人的資源管理に導入することが1970年代に提唱され、日本においてはバブル崩壊後、新たな人事制度が模索され始めた際に普及した。
 2000年代に入り、フリーター人口が増加し続け、内閣府定義で417万人(2001年)、厚生労働省定義で217万人(2003年)と推計される など、若年フリーターやニート、新卒無業者の増加、その後、非正規労働者の増加も社会的課題として広く認知されるようになった。
 この際、コンピテンシーの概念が人的資源管理から高等教育や職業教育に広げられ活用されることとなった 。 
 OECDが2003年に、「キーコンピテンシー」を定義し、厚生労働省は2004年に「就職基礎能力」を、経済産業省は2006年に「社会人基礎力」、文部科学省は2008年に「学士力」として、学力に捉われない新しい能力としてそれぞれ定義し、その能力向上のために施策展開を進めてきた。
 「社会人基礎力」は、「就職時に企業が求める能力と、学校が考える生徒・学生の能力にギャップが生じている 」という認識の下で、「職場や地域社会の中で多様な人々と共に仕事をしていくために必要な基礎的な力」とされ、基礎学力や専門知識に加えて、意識的に育成していくことが重要と考え大学などの教育機関でその普及が進められた。
 また「学士力」は、「教育の質を保証するために、大学ごと独自に学生の到達目標を定めることが求められ、中央教育審議会では、それを「学士力」として例示した 」もので、専門知識や基礎学力、主体性や人間性・生活態度、課題発見力などとされた。
 これら職業能力の定義化や、その評価・能力向上に係る施策の展開は、それまで重視されがちであった学歴・社歴や基礎学力、専門知識に加え、不確実性が高い社会環境にあって、問題解決力などの「仕事における実践を想定した力」に着目した点で重要な一歩であった。
 しかし社会人基礎力については、「実証的根拠はなお不明確である。前提となる各スキルの測定方法やスキル間の関連性およびその階層性について、データに基づくエビデンスはとくに示されていない」と評され、同じく「学士力」については、「かなり広範なものであり、1つひとつのスキルの内容についての説明は、まだまだ抽象的である 」という指摘もあるように、いずれも評価や能力開発に用いることは難しいと考えられる。
 さらに厚生労働省では、「正社員就職できず非正規にとどまる学卒者など職業能力形成機会に恵まれない人が企業現場・教育機関等で実践的な職業訓練を受け、修了証を得て、これらを就職活動など職業キャリア形成に活用する制度 」として、「ジョブカード制度」を2008年に導入した。
 しかし、この「ジョブカード制度」は一時期、事業仕分け対象となるなどしたが、職業資格を取得するための学習経験や勉強会・講習会への参加経験は正規労働者転換にプラスの影響を与える ことからも、技能の熟練化をどのように社会的に評価していくのかが課題であったと考えるべきである。
 太田は、「どこの企業でも通用する能力を身につけるべきだという認識そのものは正しい」としつつも、「基本的な問題は、どこまでが企業特殊的能力で、どこからが一般的能力かの線引きがきわめて難しい 」とし、「わが国では仕事の分担や責任が明確でないため、能力面や業績面にも主観や裁量が入り込む余地は大きい 」と述べる。能力定義化やその評価に関する取り組みは、いまなお多くの課題を抱えていると認識されている。

2-3 エビデンスに基づく測定可能な能力・スキルに関する研究
 ホワイトカラー労働者に求められる、能力・スキルに関して、各スキル間の関連性や階層性を、エビデンスに基づいて検証し、測定可能な定義・指標として捉えようとする研究が、認知心理学の視点から近年進められている。
 楠見は、ワグナーとスタンバーグらの研究に基づき、「実践知」の構造について、日本の社会人や学生へのアンケート調査を実施し、実践知は日米とも類似的に「タスク管理」、「他者管理」、「自己管理」の3因子に分かれることを見出した 。
 さらに、この3つの実践知のうち前二者を、カッツが提唱した管理職の仕事を支える「テクニカルスキル」、「ヒューマンスキル」、「コンセプチュアルスキル」の前二者に対応づけ、「自己管理」はこれらのスキルをモニターしコントロールする「メタ認知スキル」とし、「コンセプチュアルスキル」は複雑な状況を分析し創造的に解決する概念化スキルとして最上部に布置させた。
 そしてこれらの実践知の基盤となるのが、「経験からの学習態度」や「省察」、「批判的思考態度(クリティカルシンキング)」であるとする、スキルの体系化を行った 。
 その上で、各国における先行研究に基づき楠見は、実践知の獲得は経験年数だけではなく、経験から学んでいく学習能力や態度が重要であると考え、「経験からの学習能力を支える態度の構造」に関しても研究を進め、実践知の獲得との間で、「挑戦性」と「柔軟性」が正相関である結果を得た 。
 そして批判的思考態度などが、野中と竹内が提唱した、知識変換モード(共同化、表出化、統合化、内面化) を経て、どのように経験が実践知獲得につながるのか、スキル間の関連性も含めて共分散構造分析を通じたモデル化を行った。
 分析結果は、「批判的思考態度は、省察と挑戦思考の態度によって支えられ、職場における暗黙知と形式知の知識変換、個人の経験学習と組織学習を活発にすることが明らかになった。これは、個人の経験年数とともにテクニカルスキルの向上に影響を及ぼしていた。さらに、管理職経験はコンセプチュアルスキルを向上させ、職場と仕事の創造的な問題解決を促進する 」というものであった。
このほか木村は、楠見による研究と同様に、挑戦性が経験学習を支える上で重要な態度であることを実証した 。
こうしたエビデンスに基づく実証研究によって導き出された、測定可能な能力やスキル等に関する定義や指標を、本研究における基盤として考える。

           ※全文PDFは京大公共政策大学院ホームページ
   

Posted by 藤井哲也 at 21:15Comments(0)子育てによる実践知獲得

2020年01月22日

就職氷河期世代の活用について(大学院の研究論文①)



 2018年2月に修了した大学院(京都大学公共政策大学院)では、学んだ統計的知識や雇用労働政策を駆使して、教授の教えを請いながら就職氷河期世代の活用について、政策提言をまとめました。注目したのは、子育て経験が仕事スキルの向上にもつながるのかどうか、つながっているのであればどのようなスキルの向上につながっているのかどうかというものです。
 この仮説が立証されるならば、子育て経験だけではなく、様々な経験がジョブスキルとして役立つことが考えられ、その前提に基づく様々な公共政策をとることができると考えられます。これまでの職業訓練、カウンセリング、ジョブマッチングといった一連の施策に、大きなインパクトを与えられるのではないかと考えました。

 以下数回に分けまして、研究論文(リサーチペーパー)を掲載します。
 なお公共政策大学院の同窓会ページにも、PDFデータが掲載されていますので、印刷等されたい方はそちらをダウンロードして頂けますと幸いです。→京都大学公共政策大学院同窓会ページ


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雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響

   藤井 哲也(京都大学公共政策大学院)


1 本研究の動機・目的
1-1 少子化や所得格差によって生じる社会的な課題
 現代の日本における社会的課題の中でも、とりわけ重要なものの一つは、少子化問題である。
 少子化自体は、1974年に人口置換水準とされる2.08を割り込んだ後も徐々に進行し、「1.57ショック」と言われた1990年頃から、社会的課題として一般的に認識されるようになってきた 。
 近年、少子化対策として出生率の向上にも貢献できると考えられる、保育サービスの充実 や職場における働きやすさ改革などの施策が進められている。
 国をあげての対策により、ようやく合計特殊出生率は下げ止まりつつあるとはいえ、なお希望出生率(1.83) を大きく下回り、2016年現在においても1.44となっている。
 さて、その少子化の要因として、女性の社会進出や晩婚化を理由に挙げる考えも伝統的にあるものの 、近年はこうした考えに対して、「結婚や出産・子育てに伴うコスト(機会費用)が出生率の低下に影響を与えていることが示唆される。一方、女性の社会進出(就業率の上昇)や晩婚化が出生率の低下をもたらすという効果は認められない 」という実証分析もなされているように、捉え方は変化してきている。
 また、共働きモデルが標準的になってきたにもかかわらず、働きながら子育てがしづらい環境も、少子化の一因に挙げられている 。
 こうした要因に加え、就職氷河期世代以後の雇用・生活の不安定化と所得水準の低下が、真の原因とする考えもある。
 2015年が最新の調査である「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」によれば、独身者のうち結婚意思があるにもかかわらず結婚しない理由は、結婚資金や住居、仕事などを挙げる者が多く、経済事情や生活基盤が婚姻率に影響していることが分かる。また同調査では、夫婦のうち「予定する子ども数」を実現できない世帯は8割を超え、その理由として、不安定な収入や年齢、仕事上の問題を挙げる者が多く、こちらも経済事情や生活基盤が影響していることが分かる。
 政府による積極的な対策の推進にもかかわらず、雇用や生活の不安定化と所得水準の低下が少子化の大きな要因となっており、先行研究を踏まえてなお検討できる政策の余地があるのであれば、そうした問題に焦点をあて研究を進める必要があると考える。
 その際、注目すべきは、正規労働者に比べて、所得水準や能力開発の機会が少ない非正規労働者の増加であろう。

1-2 「非正規労働者」の定義
 非正規労働者の定義であるが、法律では明確になされていない。事業者による就業規則や雇用主と被雇用者との間の認識共有によって、雇用形態が分類されているのが実態である。
 本稿では厚生労働省の考え方 に従い、正規労働者(労働契約の期間の定めはなく、フルタイムで働き直接雇用されている労働者)ではない有期契約労働者、短時間労働者、派遣労働者などの雇用形態で働く者を総称して、「非正規労働者」と呼ぶこととする。特に、仮説検証における調査では、雇用形態の別によって能力開発の機会に差がある点から、雇用契約期間の有無において分類するものとする。
 なお類義語として、「非正社員」や「非正規雇用者」、もしくは「非正規雇用労働者」とも呼ばれるが、本稿では「非正規労働者」の呼称で統一したい。

1-3 就職氷河期世代前後の雇用環境の変化
 1993年から2005年に高校や大学などを卒業し、初職を経験した世代は「就職氷河期世代」と呼ばれる。同世代を境界として、「上の世代と下の世代との間に、賃金額の面で大きな断絶が存在している 」ことが見られ、「学校卒業時点の景気は、労働者の生涯において経験する景気の一瞬にすぎないにもかかわらず、その後の人々の雇用状況に影響を及ぼし得る。すなわち、学卒時に不況であった世代は、比較的長期にわたって高い無業率、低い雇用の安定性、低い賃金となる可能性がある 」と考えられる。
 この大きな要因は、非正規労働者の増加と、正規労働者の賃金額の減少である。
 1993年以後の現金給与総額の増減要因では、「1993~2016年の全期間を通じて、パート比率の変化(上昇)は現金給与総額減少の最大の要因となって」おり、「特に1999~2002年の失業が最も深刻だった時期に、パート比率 上昇の影響は大きく賃金全体を押し下げてきた 」とされている。
 さらに、「いわゆる就職氷河期に新卒就職をした世代の周辺のみで、正社員・正職員の賃金額の減少がみられ、それがダイレクトに全体の賃金額の減少につながっており、特に大学・大学院卒の40~44歳で大きくマイナスに寄与していることが分かる 」とも指摘される。
 非正規労働者は、なぜ就職氷河期世代以後に増加したのだろうか。
 その要因としては、「プレ就職氷河期世代はそれ以降の世代よりも、明らかに初職が正社員だった割合が高く、企業規模が大きい 」ことが挙げられ、太田は「バブル崩壊以降の日本経済は、未曽有の低成長に加えて、将来の不確実性の増大に直面した。…バブル崩壊後多くの日本企業は自社の長期的な存続にすら自信を失ってしまい、将来への投資であるはずの若年正社員採用まで大幅に削減するようになった。その一方で、不確実性の高まりに対応して雇用調整の柔軟性を確保するために、非正社員のシェアを大きく増やしていった。そのために新卒者で正社員採用されなかった者が、大量にフリーターになるという現象が生じたといえる 」とする。
 長く続いた不況期は、企業経営の長期展望への不確実性を高め、結果的に大企業は正規労働者を減らし、雇用調整機能としての非正規労働者を増やし、また賃金水準が比較的低い中小企業が若年者の雇用を引き受けてきたと言える。
 また、この時期には1997年、98年の金融危機により不良債権と過剰雇用の問題が顕在化し、以後21世紀初頭にかけて200万人を超える雇用が削減され 、男性が大黒柱として家計を支える世帯モデルが維持できなくなったことに加えて、労働者派遣法改正などの影響、または構造的に低賃金とならざるを得ない介護福祉職や保育職が増えたことなども、非正規労働者の増加に拍車をかけた背景として挙げられる。
 仮に非正規労働者であっても、正規労働者に準じる所得水準を得られたり、正規労働者並みの能力開発機会に恵まれたりする見通しがあれば問題はない。しかし実際には、「勤務先の企業で受けるOJTを含めた教育訓練機会を正社員と非正社員で比較すると、非正社員の方が機会が少ない 」とされ、また「新卒就職の時点で正社員ではない場合、その後なかなか正社員になりづらい 」とされる。
 多様な働き方を実現し、一人一人の活躍を進めていこうとしている昨今にあって、非正規労働者に対する効果的な能力開発の施策を見出していく必要があると考える。


  

Posted by 藤井哲也 at 21:07Comments(0)子育てによる実践知獲得

2019年01月09日

育児は仕事の役に立つ!



 去年の今頃は大学院卒業に向けて研究論文の総仕上げをしていました。

 あっという間の1年だったように感じます。

 あらためて研究論文を振り返ってみると、

 「育児は仕事スキル形成につながる」というもので、

 ワークライフバランス、ワークアズライフの推進が進められる昨今、

 またパパの育児参加、家事参加が求められてきている中で、

 大変意義深いものだったと自負を持っています。

 ➡ 「雇用形態や子育て・コミュニティ 活動がスキル獲得に与える影響

 

 この論文を執筆した背景には、私自身の雇用・労働問題に対する

 一つの方策を示す目的がありました。

 非正規労働期間が長い人にとっては、とりわけ就職氷河期以後の世代は、

 一度キャリアアップのエスカレーターから降りてしまったら、

 そこから上るのは至難の業で、厳しい階段を上り続けなければなりません。

 そのキャリアの穴埋めをする良い方法がないかと考え続けてきました。

 その一つの結果が、子育てやボランティア経験が、
 
 仕事スキルの向上に寄与するというものでした。

 その仮説を裏付けるために行い、仮説通りに子育てや家事、ボランティア活動は

 仕事スキル向上につながっていることが分かったのでした。

 これからも、就職氷河期以後の世代のキャリア形成のために、

 しっかりと活動に取り組んでいきたいと考えています。





情熱を胸にICON179








  

Posted by 藤井哲也 at 15:17Comments(0)子育てによる実践知獲得