2018年2月に修了した大学院(京都大学公共政策大学院)では、学んだ統計的知識や雇用労働政策を駆使して、教授の教えを請いながら就職氷河期世代の活用について、政策提言をまとめました。注目したのは、子育て経験が仕事スキルの向上にもつながるのかどうか、つながっているのであればどのようなスキルの向上につながっているのかどうかというものです。
この仮説が立証されるならば、子育て経験だけではなく、様々な経験がジョブスキルとして役立つことが考えられ、その前提に基づく様々な公共政策をとることができると考えられます。これまでの職業訓練、カウンセリング、ジョブマッチングといった一連の施策に、大きなインパクトを与えられるのではないかと考えました。
以下数回に分けまして、研究論文(リサーチペーパー)を掲載します。
なお公共政策大学院の同窓会ページにも、PDFデータが掲載されていますので、印刷等されたい方はそちらをダウンロードして頂けますと幸いです。→
京都大学公共政策大学院同窓会ページ
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雇用形態や子育て・コミュニティ活動等がスキル獲得に与える影響
藤井 哲也(京都大学公共政策大学院)
1 本研究の動機・目的
1-1 少子化や所得格差によって生じる社会的な課題
現代の日本における社会的課題の中でも、とりわけ重要なものの一つは、少子化問題である。
少子化自体は、1974年に人口置換水準とされる2.08を割り込んだ後も徐々に進行し、「1.57ショック」と言われた1990年頃から、社会的課題として一般的に認識されるようになってきた 。
近年、少子化対策として出生率の向上にも貢献できると考えられる、保育サービスの充実 や職場における働きやすさ改革などの施策が進められている。
国をあげての対策により、ようやく合計特殊出生率は下げ止まりつつあるとはいえ、なお希望出生率(1.83) を大きく下回り、2016年現在においても1.44となっている。
さて、その少子化の要因として、女性の社会進出や晩婚化を理由に挙げる考えも伝統的にあるものの 、近年はこうした考えに対して、「結婚や出産・子育てに伴うコスト(機会費用)が出生率の低下に影響を与えていることが示唆される。一方、女性の社会進出(就業率の上昇)や晩婚化が出生率の低下をもたらすという効果は認められない 」という実証分析もなされているように、捉え方は変化してきている。
また、共働きモデルが標準的になってきたにもかかわらず、働きながら子育てがしづらい環境も、少子化の一因に挙げられている 。
こうした要因に加え、就職氷河期世代以後の雇用・生活の不安定化と所得水準の低下が、真の原因とする考えもある。
2015年が最新の調査である「第15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」によれば、独身者のうち結婚意思があるにもかかわらず結婚しない理由は、結婚資金や住居、仕事などを挙げる者が多く、経済事情や生活基盤が婚姻率に影響していることが分かる。また同調査では、夫婦のうち「予定する子ども数」を実現できない世帯は8割を超え、その理由として、不安定な収入や年齢、仕事上の問題を挙げる者が多く、こちらも経済事情や生活基盤が影響していることが分かる。
政府による積極的な対策の推進にもかかわらず、雇用や生活の不安定化と所得水準の低下が少子化の大きな要因となっており、先行研究を踏まえてなお検討できる政策の余地があるのであれば、そうした問題に焦点をあて研究を進める必要があると考える。
その際、注目すべきは、正規労働者に比べて、所得水準や能力開発の機会が少ない非正規労働者の増加であろう。
1-2 「非正規労働者」の定義
非正規労働者の定義であるが、法律では明確になされていない。事業者による就業規則や雇用主と被雇用者との間の認識共有によって、雇用形態が分類されているのが実態である。
本稿では厚生労働省の考え方 に従い、正規労働者(労働契約の期間の定めはなく、フルタイムで働き直接雇用されている労働者)ではない有期契約労働者、短時間労働者、派遣労働者などの雇用形態で働く者を総称して、「非正規労働者」と呼ぶこととする。特に、仮説検証における調査では、雇用形態の別によって能力開発の機会に差がある点から、雇用契約期間の有無において分類するものとする。
なお類義語として、「非正社員」や「非正規雇用者」、もしくは「非正規雇用労働者」とも呼ばれるが、本稿では「非正規労働者」の呼称で統一したい。
1-3 就職氷河期世代前後の雇用環境の変化
1993年から2005年に高校や大学などを卒業し、初職を経験した世代は「就職氷河期世代」と呼ばれる。同世代を境界として、「上の世代と下の世代との間に、賃金額の面で大きな断絶が存在している 」ことが見られ、「学校卒業時点の景気は、労働者の生涯において経験する景気の一瞬にすぎないにもかかわらず、その後の人々の雇用状況に影響を及ぼし得る。すなわち、学卒時に不況であった世代は、比較的長期にわたって高い無業率、低い雇用の安定性、低い賃金となる可能性がある 」と考えられる。
この大きな要因は、非正規労働者の増加と、正規労働者の賃金額の減少である。
1993年以後の現金給与総額の増減要因では、「1993~2016年の全期間を通じて、パート比率の変化(上昇)は現金給与総額減少の最大の要因となって」おり、「特に1999~2002年の失業が最も深刻だった時期に、パート比率 上昇の影響は大きく賃金全体を押し下げてきた 」とされている。
さらに、「いわゆる就職氷河期に新卒就職をした世代の周辺のみで、正社員・正職員の賃金額の減少がみられ、それがダイレクトに全体の賃金額の減少につながっており、特に大学・大学院卒の40~44歳で大きくマイナスに寄与していることが分かる 」とも指摘される。
非正規労働者は、なぜ就職氷河期世代以後に増加したのだろうか。
その要因としては、「プレ就職氷河期世代はそれ以降の世代よりも、明らかに初職が正社員だった割合が高く、企業規模が大きい 」ことが挙げられ、太田は「バブル崩壊以降の日本経済は、未曽有の低成長に加えて、将来の不確実性の増大に直面した。…バブル崩壊後多くの日本企業は自社の長期的な存続にすら自信を失ってしまい、将来への投資であるはずの若年正社員採用まで大幅に削減するようになった。その一方で、不確実性の高まりに対応して雇用調整の柔軟性を確保するために、非正社員のシェアを大きく増やしていった。そのために新卒者で正社員採用されなかった者が、大量にフリーターになるという現象が生じたといえる 」とする。
長く続いた不況期は、企業経営の長期展望への不確実性を高め、結果的に大企業は正規労働者を減らし、雇用調整機能としての非正規労働者を増やし、また賃金水準が比較的低い中小企業が若年者の雇用を引き受けてきたと言える。
また、この時期には1997年、98年の金融危機により不良債権と過剰雇用の問題が顕在化し、以後21世紀初頭にかけて200万人を超える雇用が削減され 、男性が大黒柱として家計を支える世帯モデルが維持できなくなったことに加えて、労働者派遣法改正などの影響、または構造的に低賃金とならざるを得ない介護福祉職や保育職が増えたことなども、非正規労働者の増加に拍車をかけた背景として挙げられる。
仮に非正規労働者であっても、正規労働者に準じる所得水準を得られたり、正規労働者並みの能力開発機会に恵まれたりする見通しがあれば問題はない。しかし実際には、「勤務先の企業で受けるOJTを含めた教育訓練機会を正社員と非正社員で比較すると、非正社員の方が機会が少ない 」とされ、また「新卒就職の時点で正社員ではない場合、その後なかなか正社員になりづらい 」とされる。
多様な働き方を実現し、一人一人の活躍を進めていこうとしている昨今にあって、非正規労働者に対する効果的な能力開発の施策を見出していく必要があると考える。