2020年05月15日

激変する雇用環境の中で、再び就職氷河期を生み出さないために(自治体関係者向け)

新型コロナウィルス感染症の拡大防止のため、外出や営業活動の自粛が続けられてきました。筆者が住む京都でも4月下旬に京都商工会議所の前会頭・立石義雄氏がコロナで亡くなられ一気に緊張が広がりました。4月の観光業や飲食業、イベント事業者などの景気動向指数は過去最低の数字となり、採用活動の一時中止や失業率の高まりの兆しが見られるなど、予断を許さない状況です。ワクチン開発がなされるまではWITHコロナの状態が続くと考えられます。

こうした中で、再び就職氷河期が到来するという悲観的な見方も出ています。果たして就職氷河期は到来するのか。このような時、地方議員や自治体レベルでできることはどのようなことでしょうか。

激変する雇用環境の中で、再び就職氷河期を生み出さないために(自治体関係者向け)
普段は肩が触れ合うほどの観光客や地元客で賑わう京都・錦市場。大型連休が終わっても閑散としている。


■説明会、面接、インターンのオンライン化…激変する雇用環境!

新型コロナの感染拡大によって働き方が激変しています。社員の在宅勤務の対策をいち早くとったGMOインターネットグループは、コロナ収束後も在宅勤務を継続する方針で、週に何度か出社して業務マネジメントとエンゲージメント維持に取り組むということが報じられています。ハンコを押すためだけに出社せねばならないことが社会問題になっていますが、大半の仕事が、実は在宅でできることが白日の下に晒されました。

就職活動も変化の渦中にあります。会社説明会、面接、そしてインターンシップもオンライン化が劇的に進んでいます。筆者が運営に関わる自治体の就業支援施設でも、求職者からのキャリアカウンセリングはZoomで行うことが当たり前になっています。緊急事態宣言が解除されてからも、就職活動のオンライン化の流れはおそらく止まらないでしょう。

激変する雇用環境の中で、再び就職氷河期を生み出さないために(自治体関係者向け)
地方でも合同企業説明会のオンライン化が進んでいる。この流れはコロナ後も恒常化するのではないか。


■就職氷河期を生み出した原因を振り返る

そんな激変する雇用環境の中で、懸念される就職氷河期は訪れるのでしょうか。その可能性を検討するために、就職氷河期世代が生まれた原因・背景を振り返ります。

原因1 20歳代のキャリア基盤形成期に就労環境が悪い状態が続く
就職氷河期世代が形成されたのは、社会に出たタイミングで就職環境が悪かった、というだけではなく、多くの人のキャリア基盤を築く20歳代半ばまでの大切な時期を通じて雇用環境が悪かったことが大きな要因です。リーマンショック後も雇用環境は悪かったのですが、数年間で景気回復し、当時の若者はキャリア形成の遅れをなんとか挽回することができました。

原因2 非正規労働者に成長機会が与えられなかった
非正規労働者は一般的に定型的な仕事を与えられることが多く、新たな価値を創造する仕事、マネジメントに関する仕事は正社員が担ってきました。正社員と非正社員の間に所得格差が生じるのは、正社員が役職に就く30代になってからです。役職や担当する職務が上がるに連れて正社員の給与は上がり、また成長機会も得られます。片や非正規社員は一向に給与は上がらず、与えられる仕事も変わらないため成長機会に乏しいまま時間が過ぎ去ります。
就職氷河期世代の支援対象者は約100万人と政府は推計しています。不本意に非正規社員を続けてきた方は、なかなか正社員になることができずに来ました。2010年代後半に景気回復し、新卒採用では飲食接待によるリクルーティング活動も復活するなど、近年稀に見る労働力の売り手市場化が進み、非正規社員の待遇改善・正規転換も一定なされました。しかし、その実態は、非正規社員並みの処遇でありながら、雇用形態は正社員という“なんちゃって正社員”も数多く見られます。

原因3 非正規や無業状態だった方への職業訓練が効果的ではなかった
当時の政府も無策だったわけではなく、雇用環境が悪化し新卒非正規が増え始めた2003年には早くも「若者自立挑戦プラン」を策定し、全国に若年者就業支援拠点「ジョブカフェ」を設置しました。リーマンショック後には給付金付き職業訓練事業や、雇用調整助成金制度を創設するなどしてきました。
しかし、民間委託で行われてきた職業訓練は、基礎的なOAスキルや、初歩的な介護福祉、WEBデザインなどに関する知識を学ぶものばかりでした。実は筆者も民間委託された職業訓練事業を1事業者として担っていたこともありましたが、社会に出て求められるスキルや労働意欲の水準と、現場で行っている職業訓練内容とのギャップに苦悩していました。


■新型コロナで再び就職氷河期は生まれるのだろうか?

結論から言うと、多くの困難を抱える就職氷河期世代が再び生まれる可能性は低いと考えられます。

確かに景気動向指数などを見ると、生活・サービス産業の急激な悪化が見られ、産業全体でも今後の見通しはよくありません。ただし、これまで見てきたように、就職氷河期世代は中長期的な不況期を通じて形成されます。未だ、若年層の完全失業率は低い水準で維持していますし、企業の採用意向も大きな落ち込みは見られません。環境変化に適応しようと、採用意欲ある企業は就職活動/採用活動をオンライン化し、「新しい標準(NewNormal)」と言われ始めているWITHコロナの活動様式へ進化を果たしつつあります。この波は、やがて大手企業から中小企業へ、都市部から地方へ伝播していくと考えられます。

しかし、油断してはなりません!!! バブル崩壊後、まさか10年間にわたる不況期が続き、束の間の景気の踊り場を経て、リーマンショックが到来することを、どれほどの方が予測できたでしょうか? 就職氷河期世代が生まれる可能性は低いかもしれませんが、政策の失敗により悪夢のシナリオを再び歩むようなことがあってはなりません。

今後注目しなければならない指標等は、進学・就職しない学生数と相関性が高い「学生の有効求人倍率」、中長期的な採用意欲と相関性が高い「景気動向指数」、就職媒体会社などが調査する「2022年度新卒採用計画に関する企業調査結果」などです。


《大学生の有効求人倍率とフリーター、ニート層形成の関係》
激変する雇用環境の中で、再び就職氷河期を生み出さないために(自治体関係者向け)
資料:文部科学省「学校基本調査」とリクルートワークス研究所「大卒求人倍率調査」を用いて筆者作成
有効求人倍率が下がることで、就職でもなく進学でもないフリーター、ニート層が生まれた。


■就職氷河期が地域や自治体に与える影響とは?

万一、就職氷河期が再来することで、地域や自治体にどのような影響があるのでしょうか。40歳前後となっている就職氷河期世代が現在、与えている影響から考えてみます。

影響1 社会保障関連経費の増大。投資的経費の縮減
就職氷河期世代は他世代と比較して、不本意非正規率が高く、所得や貯蓄が低いという特徴があります。2000年代より氷河期世代向けの就労支援施策が展開され、正規転換や処遇改善に向けた事業が進められてきました。自治体においてもこれまで雇用対策に予算措置をしてきたはずです。
さらに今後は、氷河期が年齢を重ねていくにつれて、社会保障関連経費である扶助費(医療費や生活保護費など)を必要となっていきます。特に氷河期世代の親が他界する2040年代以降は経済的な拠所を失い、不安定な生活を余儀なくされている方の多くが生活保護対象に陥るとされています。必要となる経費は全国で十数兆円から数十兆円とされています。自治体の財政に与える影響も少なからずあると考えられ、投資的経費はさらに縮減せざるを得ない状況になっていきます。

影響2 地域経済やまちづくりの担い手が育たない
氷河期世代は本来、地域経済やまちづくりの担い手として活躍する年齢になっています。しかし子育てや介護などのケアワークも重なり、とても地域の中心的な役割を担うまで余裕がありません。元気な若手がいなくて自治会やPTA、消防団、商工団体などの活動の継続性に不安を感じている地域は多いと思います。今後ますます自治体や地域は、協働・共創が求められます。事業者、住民ともに働き盛りの人が疲弊していれば、施策推進はままなりません。

影響3 出生率の低下。更なる少子高齢化
結婚、子育てにはお金が入ります。「出生動向基本調査」では、「結婚しない理由/理想の子どもを持たなかった理由」は、毎回のように「結婚資金がない/経済的な理由」が上位となっています。第二次ベビーブーム世代にも該当する氷河期世代は、生活基盤が不安定であることから結婚、出産をためらい、結果的に第三次ベビーブーム世代を生むことはありませんでした。
自治体や地域にとって、出生率の低下は更なる少子高齢化を招き、若い世代の負担感を高めます。そのことにより一層、若年人口は都市部に流出する要因になります。

■地方議員や自治体に期待していること

就職氷河期が再来するのかを論じてきました。本稿を読んでくださっている方の中には地方議員や自治体関係者もいてくださると思います。最後に、そうした方々に是非取り組んでいただきたい事柄についてまとめたいと思います。

①地域特性に応じたWITHコロナ、アフターコロナの景気対策
コロナショックは、中小企業・小規模事業者、生活・サービス産業といった地域経済圏で事業を営む方々、従業員、生活者に大きなダメージを与えています。すでに国会では飲食、観光、イベント業などに対する収束後の経済対策として、約1兆7千億円の「Go to キャンペーン事業」を予算措置しています。
雇用不安を取り除くのに重要なのは、やはり景気対策です。国の施策展開はもちろん重要ですが、地域特性に合わせた経済対策を今のうちに、自治体や地域ごとに検討しておくことが必要です。
現在、売上が激減した事業者に対する独自支援策や、特別定額給付金の対応などで自治体も多忙を極めているはずです。収束後の対策まで手も頭も回りきらないと思いますが、このような時こそ、地方自治における二元代表の一翼を担う地方議員の皆様が、求められる施策を調査していくことを期待したいです。

②雇用労働対策の大胆なアップデート
 自治体が行う就職イベントなどの雇用労働対策もアップデートの必要があります。
すでに多くの自治体では、主催する求職者向けセミナーや合同企業説明会などをオンライン化しています。新たなテクノロジーを活用して、新たな労働施策を展開している事例も見られます。神戸市では、SNSを通して得られたカウンセリングデータや求職者の希望等のデータおよび就職先候補企業の要望について、AI技術等を用いて解析することで高い精度のマッチングを実現する取り組みを6月から始めようとしています。同時に、労働者に求められるスキルも近年大きく変容しています。残念ながら時代遅れの職業訓練事業では企業や地域に付加価値を提供できず、就労の機会も限られたものになってきます。
自治体が行う雇用労働政策として、生活困窮者支援や障害者支援など福祉的観点からも検討しなければなりませんが、いずれにせよ、コロナ後に大きく変わっていく求められるスキルの変化に対応して、就労支援、職業能力開発に関する事務事業の見直しを期待したいです。

③New Normal の働き方推進
リモートワークはコロナ前から推進されてきましたが、業務の継続性の観点からここにきて一気に進んでいます。ホワイトカラー職にあっては、成果やプロセスをマネジメントできさえすれば、必ずしも働く場所や働く時間、多くの人がもがき苦しんできた「正規」と「非正規」という雇用形態の壁に囚われる必要がないことも露わになっています。昨今、フリーランスや副業・兼業の問題に関して議論されてきたことが一夜にしてまとまったことには驚きました。
就業時間や場所も含めて、これまでの固定概念が、恒常的なリモートワークというNew Normalの登場により、形骸化、無意味化していく中で企業にも行政にも変革が求められます。すなわち、リモートワークを前提とした業務プロセスに加え、就業規則や人事・勤労管理ルールの検証・整備といった対応です。
議員の皆様や自治体の方々には、激変する働き方に適応するために、事業者や労働者に働きかけるとともに、行政組織も率先して取り組むように促して頂くことを期待したいです。そうすることが、経済活動の継続性をもたらし、ひいては採用活動の安定化をもたらすと考えています。


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藤井哲也(ふじい・てつや)
1978年生まれ。株式会社パブリックX代表取締役。しがジョブパーク就職氷河期世代担当。京都大学公共政策大学院修了。
就労支援会社の経営、大津市議会議員、政策ロビイング活動などを経て2020年4月から現職。
雇用問題、人事労務に関する著書・寄稿多数。

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