2020年05月17日
地方自治体における就職氷河期世代支援の進め方(1)
本記事は、時事通信社が発行する行政機関向け雑誌「地方行政」に3回にわたり掲載された記事を基に、若干の加筆修正を行った上で再編集したものです。
寄稿した原文記事については、PublicLabに掲載頂いておりますので、そちらをご覧ください。なお原文記事の掲載時期は、新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言発出前の3月中旬から4月上旬です。
◇ ◇ ◇
1.はじめに
就職氷河期世代。一般的に1993年から2004年に学校を卒業して社会に出た世代のことを言います。昨年6月に「経済財政運営と改革の基本方針2019」(いわゆる「骨太の方針」)で、この世代に対する集中的な支援の必要性が論じられて以降、にわかに国、地方で動きが活発になってきました。
筆者もこの世代の一人であることから、高い関心を持ち、昨年から政策立案に関わる方々との意見交換を重ね、情報収集に努めてきました。まずはなぜ今、この問題がクローズアップされてきたのかを見ていきます。
2.就職氷河期世代が生まれた社会背景
就職氷河期世代が生まれた背景には、バブル崩壊後、日本型雇用慣習が薄れつつあった1990年代前半の環境が関係しています。折からの不景気と相まって新卒採用が絞られ、買い手市場が進行する中で、雇用の調整弁としてフリーターや派遣社員、有期契約社員など「非正規」とされる雇用形態で働く若年層の比率が増え始めました。バブルが崩壊しても、しばらくは有効求人倍率に顕著な低下は見られなかったものの、山一証券などが倒産した1997年を境に有効求人倍率も大きく低迷し、2000年代前半にかけて、就職環境は極めて厳しいものとなりました。
まさに「氷河期」に喩えられた時期に社会へ出た当時の新卒・若年者は、現在、40歳代後半から30歳代後半となってきています。この世代は前後の世代と比較して、平均的な所得水準が低いとされており(図表)、そのため無貯金率も高く、また経済的な生活基盤が安定しないことから、婚姻率が低いと考えられます。ちょうど、就職氷河期世代が大きな人口ボリュームを抱える第2次ベビーブーム世代を含むことから、人口減少に拍車が掛かったという側面もあります。

図表(出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を用いて筆者作成)
就職氷河期世代を考える際に、学校を卒業した時点(=点)よりも、キャリアの基盤を築く20歳代を通じて(=線)、就職・就労環境が悪かったことが要因になったと考える方がよいでしょう。彼ら彼女らは初職で運よく正社員で就職できたとしても、不本意な就職先だった人が大半で、今ならば恐らくブラック企業・風土とされる人使いが荒い職場も多く見られました。これは「嫌なら辞めてもいい。代わりは幾らでもいる」という、買い手市場がなすところが大きかったと考えられます。
早期退職してしまえば、再就職は正社員でないことも多く、再チャレンジできない状況に陥ることも多々見られました。景気回復に伴う雇用環境の改善が見られた2000年代後半の時点で、30歳前後であり、一定の正規転換・待遇改善が図られたものの、2009年ころからリーマン・ショックの影響で、一気に雇用環境は悪化し、2010年代半ばまではまたもや厳しい就職環境に逆戻りしました。ようやくリーマン・ショックの影響も収まりかけた時には、すでに就職氷河期世代は労働市場における一つの壁とされる35歳を超えていたことから、正社員として就労する機会が失われ、今に至る方も多くいます。
3.就職氷河期世代支援に向けた動き
就職氷河期に初職を迎え、今不安定な就労や生活基盤にある人が多い世代のために、国や自治体はこれまでも支援に取り組んできました。2003年の小泉純一郎政権時に、骨太の方針で若年者就業支援施策が取り上げられ、厚生労働省や文部科学省など関係省庁が連携し始められたのが「若者自立・挑戦プラン」でした。
「若者自立・挑戦プラン」では、「今、若者は、チャンスに恵まれていない。高い失業率、増加する無業者、フリーター、高い離職率など、自らの可能性を高め、それを活かす場がない。このような状況が続けば、若者の職業能力の蓄積がなされず、中長期的な競争力・生産性の低下といった経済基盤の崩壊はもとより、不安定就労の増大や生活基盤の欠如による所得格差の拡大、社会保障システムの脆弱化、ひいては社会不安の増大、少子化の一層の進行等深刻な社会問題を惹起しかねない」「わが国にとって人材こそ国家の基礎であり、政府、地方自治体、教育界、産業界等が一体となった国民運動的な取り組みとして、若年者を中心とする『人材』に焦点を当てた根本的対策を早急に講じていく必要がある」として、当面3年を期間と定めて、官民一体となって総合的な人災対策が進められました。
2003年当時、200万人を超える若年フリーター、100万人規模の若年無業者。こうした若年者の就労を支援し職業能力を身に付けさせるために、ジョブカウンセリングや職業訓練、職業紹介などの機能を集約した「ジョブカフェ」と呼ばれる施設が各都道府県に設置されました。筆者もこれら一連の事業に現場で関わっていましたが、一定の成果を挙げたと評価しています。
その後はリーマン・ショック後の2009年に緊急人材育成・就職支援基金が設けられ、この基金に基づく出口一体型の職業訓練が始められ(基金訓練事業)、求職者訓練事業と名称を変えながら、就職氷河期世代を含む無業者・求職者に対する支援は進められました。この時期、雇用調整助成金など企業等を受け皿とする雇用維持のための施策も採られ、これも2010年前後の非常に厳しい労働市場の中で一定の成果があったと考えています。
2016年から現在までは、「正社員転換・待遇改善実現プラン」に基づいて、不本意非正規雇用労働者の正社員転換や待遇改善のための様々な取り組みが進められてきました。年次ごとに成果指標による評価がなされており、着実に不本意非正規雇用者は減ってきています。
以上見てきた通り、これまでも断続的に就職氷河期世代を含む非正規労働者や無業者の就労支援施策は実施されてきました。しかし、今なお不本意非正規労働者は推定50万人以上、長期間無業状態にいる方は40万人以上、またひきこもり状態にある方は実態が掴めてはいませんが数十万人いるとされています(図表)。

図表(出典:総務省統計局「『35~44歳』世代の就業状況」)
一人ひとりが自立して生きがいを高め、それぞれの立場で活躍していくこと、そして将来的に所得水準が低いと考えられる就職氷河期世代が老齢期に入る、2040年以降に想定される多大な社会保障経費を抑制する観点からも、この世代に対する支援の重要性が改めて着目され、先にも述べましたように、昨年6月に「骨太の方針」で取り上げられ、厚労省は同月にいち早く「就職氷河期世代支援プログラム」を公表し、7月には内閣官房に就職氷河期世代支援推進室が設置され、8月末までに翌年度事業に係る概算要求に就職氷河期世代支援事業が含められ、その後、具体的な施策検討が進められてきました。いよいよ本年4月から、3年間で30万人の正社員転換を目指す、官民連携による「就職氷河期世代支援プログラム」が始まろうとしています。
4.就職氷河期世代の職員採用をめぐる取り組み
本年4月からの本格的な支援に先行する形で、当該世代の職員採用や、官民連携事業をモデル的に実施する自治体もすでに見られます。
中でも昨年7月に全国の自治体に先駆けて就職氷河期世代(36〜45歳に限定)の職員採用を行うことを表明し、本年1月に任用した兵庫県宝塚市は有名となりました。3人の一般行政職採用枠に対して全国から1800人を超える応募があり、1635人が受験、最終的に4人が採用されることになりました。倍率は408倍。なかなか狭き門ですが、就職氷河期世代を採用する自治体の先鞭をつけた点で、大変意義ある取り組みです。
任用後は適性や経験、能力を見極めて配属を決定し既存の俸給制度の中で、それぞれの職場で活躍されているとのことです。なお、厚労省や内閣官房のほか、全国の都道府県、市町村で就職氷河期世代採用は進められており、総務省ホームページの「地方公共団体における就職氷河期世代支援を目的とした職員採用試験の実施状況」で、現在募集している自治体などを確認できます。
しかし、課題が全くないとも言い切れません。実際、宝塚市議会でもさまざまな意見が出されたといいます。主な論点としては、年齢を区切って採用することの是非のほかに、職員定数管理に与える影響や、情意的・情緒的な選考になることへの懸念などが挙げられます。
宝塚市議会の昨年9月の一般質問で就職氷河期世代の採用に関して理解を示しつつ、その課題を取り上げた寺本さなえ市議は、取材に対して、「市には既存の職員育成計画があるわけで、就職氷河期世代を採用することによって、本来採用すべき土木技術職や福祉の有資格者の採用に与える影響も、考慮されなければならない。また、あくまで能力や経験を評価して採用すべきで、苦労談比べの採用になってしまって明確な基準がない中での選考になってしまうとするなら問題がある。障害者雇用は法定に基づくもので十分市民にも理解が得られると思われるが、氷河期に絞った採用はアファーマティブアクション(積極的な差別是正措置)であったとしても、一定の合理性が必要になると考える。もともと不本意非正規(臨時職員)で働き続けている職員もいるので、そういった方を優先的に採用してもよいのではないだろうか」と、自治体における就職氷河期世代の職員採用の課題点を挙げられました。
宝塚市人材育成課にもお話を伺ったところ、「市長が就職氷河期世代に対して社会的な問題意識を持っていたことから始めた取り組みです。結果的に今年は4人しか採用できませんでしたが、今後の就職氷河期世代の活躍につなげていきたいと考えています。また今後は専門職や技術職にも広げていくことや、対象年齢をどうするかなど検討課題も多くあります。46歳の方から応募対象でないことに関して、ご意見を頂戴することもありました」と、おっしゃっていました。
今後、就職氷河期世代支援を民間企業や経済団体にも働き掛けていくためには、行政自らが範を示すためにも、当該世代の職員採用を進めることが求められるかもしれません。そうした場合、庁内の中長期的な職員採用や育成計画との兼ね合いや、市民や議会の理解が得られる選考基準づくりが必要になってくると考えられます。

宝塚市議会、宝塚市役所にインタビューのため、お伺いさせて頂きました。
5.就職氷河期世代支援プログラムの概要
昨年6月に「骨太の方針」で示された「就職氷河期世代支援プログラム」や、昨年12月に決定された「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」から、今後進められる就職氷河期世代支援施策の概要をまとめます。
プログラムの基本認識は、「3年間の取り組みにより正規雇用者を30万人増やす」こと。そのために「社会との新たなつながりを作り、本人に合った形での社会参加も支援するため、社会参加支援が先進的な地域の取組の横展開を図っていく。個々人の状況によっては、息の長い継続的な支援を行う必要があることに留意しながら、まずは本プログラムの期間内に、各都道府県等において支援対象者が存在する基礎自治体の協力を得て、対象者の実態やニーズを明らかにし、必要な人に支援が届く体制を構築することを目指す」としています。
支援対象者は、「不安定な就労状態にある方」「長期にわたり無業の状態にある方」「社会参加に向けた支援を必要とする方」に大きく3分類し(図表)、国、地方自治体、民間企業や経済団体などと連携して施策を推進する体制を前提とし、施策の方向性としては、地域ごとの官民連携プラットフォームにより推進を図るとともに、一人ひとりの対象者につながる積極的な広報活動、対象者の個別状況に応じた各種事業の展開を進めることが検討されています。

図表(出典:厚生労働省「就職氷河期世代の方々の活躍の場を更に広げるために」)
具体的な施策としては、新たに就職氷河期世代に限定した求人をハローワークや民間の求人サービスにおいて要件を緩和すること、短時間で可能な資格取得を支援するために職業訓練制度を見直したり、オンラインで各種訓練を受講できたりするようにすること、民間事業者による正社員就職に対する成果連動型就労支援の推進など不本意非正規社員の正規転換策のほかに、地域若者サポートステーションの対象年齢等の拡大や、生活困窮者自立支援事業の強化、中高年ひきこもり者のアウトリーチ型支援の充実、いわゆる「8050問題」等の複合課題に対応できる包括的支援・居場所づくりの推進などが挙げられています。さらに、当該世代を採用・正社員転換した企業への助成金も従来から拡充されます。
この他、次号以降で取り上げますが、事業予算の75%を充当できる「地域就職氷河期世代支援加速化交付金」として、2019年度補正予算では全国で30億円が措置され、地方創生交付金の50%補助に比べて、地方自治体にとって有利な財源として活用できることになりました。この交付金を用いて、様々な取り組みが進められる予定ですが、中でも注目しているのは、神戸市がSNSなどでのカウンセリング結果をデータベースとしてAIを用いた求人企業とのマッチング事業をスタートされることです。テクノロジーを活用した就職氷河期世代支援として、全国にも十分展開可能な事業になるものと考えています。
(続く)
◇ ◇ ◇
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリック・クロス代表取締役。2003年の創業以来、若年層・就職氷河期世代の就労支援に従事。2011年より大津市議会議員(滋賀県)を2期務め、地域の雇用労政や産業振興に注力して活動。株式会社ミクシィの社長室渉外担当など歴任。著書・寄稿に「就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント」(2019年)など多数。京都大公共政策大学院修了。1978年生まれ。
寄稿した原文記事については、PublicLabに掲載頂いておりますので、そちらをご覧ください。なお原文記事の掲載時期は、新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言発出前の3月中旬から4月上旬です。
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1.はじめに
就職氷河期世代。一般的に1993年から2004年に学校を卒業して社会に出た世代のことを言います。昨年6月に「経済財政運営と改革の基本方針2019」(いわゆる「骨太の方針」)で、この世代に対する集中的な支援の必要性が論じられて以降、にわかに国、地方で動きが活発になってきました。
筆者もこの世代の一人であることから、高い関心を持ち、昨年から政策立案に関わる方々との意見交換を重ね、情報収集に努めてきました。まずはなぜ今、この問題がクローズアップされてきたのかを見ていきます。
2.就職氷河期世代が生まれた社会背景
就職氷河期世代が生まれた背景には、バブル崩壊後、日本型雇用慣習が薄れつつあった1990年代前半の環境が関係しています。折からの不景気と相まって新卒採用が絞られ、買い手市場が進行する中で、雇用の調整弁としてフリーターや派遣社員、有期契約社員など「非正規」とされる雇用形態で働く若年層の比率が増え始めました。バブルが崩壊しても、しばらくは有効求人倍率に顕著な低下は見られなかったものの、山一証券などが倒産した1997年を境に有効求人倍率も大きく低迷し、2000年代前半にかけて、就職環境は極めて厳しいものとなりました。
まさに「氷河期」に喩えられた時期に社会へ出た当時の新卒・若年者は、現在、40歳代後半から30歳代後半となってきています。この世代は前後の世代と比較して、平均的な所得水準が低いとされており(図表)、そのため無貯金率も高く、また経済的な生活基盤が安定しないことから、婚姻率が低いと考えられます。ちょうど、就職氷河期世代が大きな人口ボリュームを抱える第2次ベビーブーム世代を含むことから、人口減少に拍車が掛かったという側面もあります。

図表(出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」を用いて筆者作成)
就職氷河期世代を考える際に、学校を卒業した時点(=点)よりも、キャリアの基盤を築く20歳代を通じて(=線)、就職・就労環境が悪かったことが要因になったと考える方がよいでしょう。彼ら彼女らは初職で運よく正社員で就職できたとしても、不本意な就職先だった人が大半で、今ならば恐らくブラック企業・風土とされる人使いが荒い職場も多く見られました。これは「嫌なら辞めてもいい。代わりは幾らでもいる」という、買い手市場がなすところが大きかったと考えられます。
早期退職してしまえば、再就職は正社員でないことも多く、再チャレンジできない状況に陥ることも多々見られました。景気回復に伴う雇用環境の改善が見られた2000年代後半の時点で、30歳前後であり、一定の正規転換・待遇改善が図られたものの、2009年ころからリーマン・ショックの影響で、一気に雇用環境は悪化し、2010年代半ばまではまたもや厳しい就職環境に逆戻りしました。ようやくリーマン・ショックの影響も収まりかけた時には、すでに就職氷河期世代は労働市場における一つの壁とされる35歳を超えていたことから、正社員として就労する機会が失われ、今に至る方も多くいます。
3.就職氷河期世代支援に向けた動き
就職氷河期に初職を迎え、今不安定な就労や生活基盤にある人が多い世代のために、国や自治体はこれまでも支援に取り組んできました。2003年の小泉純一郎政権時に、骨太の方針で若年者就業支援施策が取り上げられ、厚生労働省や文部科学省など関係省庁が連携し始められたのが「若者自立・挑戦プラン」でした。
「若者自立・挑戦プラン」では、「今、若者は、チャンスに恵まれていない。高い失業率、増加する無業者、フリーター、高い離職率など、自らの可能性を高め、それを活かす場がない。このような状況が続けば、若者の職業能力の蓄積がなされず、中長期的な競争力・生産性の低下といった経済基盤の崩壊はもとより、不安定就労の増大や生活基盤の欠如による所得格差の拡大、社会保障システムの脆弱化、ひいては社会不安の増大、少子化の一層の進行等深刻な社会問題を惹起しかねない」「わが国にとって人材こそ国家の基礎であり、政府、地方自治体、教育界、産業界等が一体となった国民運動的な取り組みとして、若年者を中心とする『人材』に焦点を当てた根本的対策を早急に講じていく必要がある」として、当面3年を期間と定めて、官民一体となって総合的な人災対策が進められました。
2003年当時、200万人を超える若年フリーター、100万人規模の若年無業者。こうした若年者の就労を支援し職業能力を身に付けさせるために、ジョブカウンセリングや職業訓練、職業紹介などの機能を集約した「ジョブカフェ」と呼ばれる施設が各都道府県に設置されました。筆者もこれら一連の事業に現場で関わっていましたが、一定の成果を挙げたと評価しています。
その後はリーマン・ショック後の2009年に緊急人材育成・就職支援基金が設けられ、この基金に基づく出口一体型の職業訓練が始められ(基金訓練事業)、求職者訓練事業と名称を変えながら、就職氷河期世代を含む無業者・求職者に対する支援は進められました。この時期、雇用調整助成金など企業等を受け皿とする雇用維持のための施策も採られ、これも2010年前後の非常に厳しい労働市場の中で一定の成果があったと考えています。
2016年から現在までは、「正社員転換・待遇改善実現プラン」に基づいて、不本意非正規雇用労働者の正社員転換や待遇改善のための様々な取り組みが進められてきました。年次ごとに成果指標による評価がなされており、着実に不本意非正規雇用者は減ってきています。
以上見てきた通り、これまでも断続的に就職氷河期世代を含む非正規労働者や無業者の就労支援施策は実施されてきました。しかし、今なお不本意非正規労働者は推定50万人以上、長期間無業状態にいる方は40万人以上、またひきこもり状態にある方は実態が掴めてはいませんが数十万人いるとされています(図表)。

図表(出典:総務省統計局「『35~44歳』世代の就業状況」)
一人ひとりが自立して生きがいを高め、それぞれの立場で活躍していくこと、そして将来的に所得水準が低いと考えられる就職氷河期世代が老齢期に入る、2040年以降に想定される多大な社会保障経費を抑制する観点からも、この世代に対する支援の重要性が改めて着目され、先にも述べましたように、昨年6月に「骨太の方針」で取り上げられ、厚労省は同月にいち早く「就職氷河期世代支援プログラム」を公表し、7月には内閣官房に就職氷河期世代支援推進室が設置され、8月末までに翌年度事業に係る概算要求に就職氷河期世代支援事業が含められ、その後、具体的な施策検討が進められてきました。いよいよ本年4月から、3年間で30万人の正社員転換を目指す、官民連携による「就職氷河期世代支援プログラム」が始まろうとしています。
4.就職氷河期世代の職員採用をめぐる取り組み
本年4月からの本格的な支援に先行する形で、当該世代の職員採用や、官民連携事業をモデル的に実施する自治体もすでに見られます。
中でも昨年7月に全国の自治体に先駆けて就職氷河期世代(36〜45歳に限定)の職員採用を行うことを表明し、本年1月に任用した兵庫県宝塚市は有名となりました。3人の一般行政職採用枠に対して全国から1800人を超える応募があり、1635人が受験、最終的に4人が採用されることになりました。倍率は408倍。なかなか狭き門ですが、就職氷河期世代を採用する自治体の先鞭をつけた点で、大変意義ある取り組みです。
任用後は適性や経験、能力を見極めて配属を決定し既存の俸給制度の中で、それぞれの職場で活躍されているとのことです。なお、厚労省や内閣官房のほか、全国の都道府県、市町村で就職氷河期世代採用は進められており、総務省ホームページの「地方公共団体における就職氷河期世代支援を目的とした職員採用試験の実施状況」で、現在募集している自治体などを確認できます。
しかし、課題が全くないとも言い切れません。実際、宝塚市議会でもさまざまな意見が出されたといいます。主な論点としては、年齢を区切って採用することの是非のほかに、職員定数管理に与える影響や、情意的・情緒的な選考になることへの懸念などが挙げられます。
宝塚市議会の昨年9月の一般質問で就職氷河期世代の採用に関して理解を示しつつ、その課題を取り上げた寺本さなえ市議は、取材に対して、「市には既存の職員育成計画があるわけで、就職氷河期世代を採用することによって、本来採用すべき土木技術職や福祉の有資格者の採用に与える影響も、考慮されなければならない。また、あくまで能力や経験を評価して採用すべきで、苦労談比べの採用になってしまって明確な基準がない中での選考になってしまうとするなら問題がある。障害者雇用は法定に基づくもので十分市民にも理解が得られると思われるが、氷河期に絞った採用はアファーマティブアクション(積極的な差別是正措置)であったとしても、一定の合理性が必要になると考える。もともと不本意非正規(臨時職員)で働き続けている職員もいるので、そういった方を優先的に採用してもよいのではないだろうか」と、自治体における就職氷河期世代の職員採用の課題点を挙げられました。
宝塚市人材育成課にもお話を伺ったところ、「市長が就職氷河期世代に対して社会的な問題意識を持っていたことから始めた取り組みです。結果的に今年は4人しか採用できませんでしたが、今後の就職氷河期世代の活躍につなげていきたいと考えています。また今後は専門職や技術職にも広げていくことや、対象年齢をどうするかなど検討課題も多くあります。46歳の方から応募対象でないことに関して、ご意見を頂戴することもありました」と、おっしゃっていました。
今後、就職氷河期世代支援を民間企業や経済団体にも働き掛けていくためには、行政自らが範を示すためにも、当該世代の職員採用を進めることが求められるかもしれません。そうした場合、庁内の中長期的な職員採用や育成計画との兼ね合いや、市民や議会の理解が得られる選考基準づくりが必要になってくると考えられます。

宝塚市議会、宝塚市役所にインタビューのため、お伺いさせて頂きました。
5.就職氷河期世代支援プログラムの概要
昨年6月に「骨太の方針」で示された「就職氷河期世代支援プログラム」や、昨年12月に決定された「就職氷河期世代支援に関する行動計画2019」から、今後進められる就職氷河期世代支援施策の概要をまとめます。
プログラムの基本認識は、「3年間の取り組みにより正規雇用者を30万人増やす」こと。そのために「社会との新たなつながりを作り、本人に合った形での社会参加も支援するため、社会参加支援が先進的な地域の取組の横展開を図っていく。個々人の状況によっては、息の長い継続的な支援を行う必要があることに留意しながら、まずは本プログラムの期間内に、各都道府県等において支援対象者が存在する基礎自治体の協力を得て、対象者の実態やニーズを明らかにし、必要な人に支援が届く体制を構築することを目指す」としています。
支援対象者は、「不安定な就労状態にある方」「長期にわたり無業の状態にある方」「社会参加に向けた支援を必要とする方」に大きく3分類し(図表)、国、地方自治体、民間企業や経済団体などと連携して施策を推進する体制を前提とし、施策の方向性としては、地域ごとの官民連携プラットフォームにより推進を図るとともに、一人ひとりの対象者につながる積極的な広報活動、対象者の個別状況に応じた各種事業の展開を進めることが検討されています。

図表(出典:厚生労働省「就職氷河期世代の方々の活躍の場を更に広げるために」)
具体的な施策としては、新たに就職氷河期世代に限定した求人をハローワークや民間の求人サービスにおいて要件を緩和すること、短時間で可能な資格取得を支援するために職業訓練制度を見直したり、オンラインで各種訓練を受講できたりするようにすること、民間事業者による正社員就職に対する成果連動型就労支援の推進など不本意非正規社員の正規転換策のほかに、地域若者サポートステーションの対象年齢等の拡大や、生活困窮者自立支援事業の強化、中高年ひきこもり者のアウトリーチ型支援の充実、いわゆる「8050問題」等の複合課題に対応できる包括的支援・居場所づくりの推進などが挙げられています。さらに、当該世代を採用・正社員転換した企業への助成金も従来から拡充されます。
この他、次号以降で取り上げますが、事業予算の75%を充当できる「地域就職氷河期世代支援加速化交付金」として、2019年度補正予算では全国で30億円が措置され、地方創生交付金の50%補助に比べて、地方自治体にとって有利な財源として活用できることになりました。この交付金を用いて、様々な取り組みが進められる予定ですが、中でも注目しているのは、神戸市がSNSなどでのカウンセリング結果をデータベースとしてAIを用いた求人企業とのマッチング事業をスタートされることです。テクノロジーを活用した就職氷河期世代支援として、全国にも十分展開可能な事業になるものと考えています。
(続く)
◇ ◇ ◇
藤井哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリック・クロス代表取締役。2003年の創業以来、若年層・就職氷河期世代の就労支援に従事。2011年より大津市議会議員(滋賀県)を2期務め、地域の雇用労政や産業振興に注力して活動。株式会社ミクシィの社長室渉外担当など歴任。著書・寄稿に「就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント」(2019年)など多数。京都大公共政策大学院修了。1978年生まれ。
Posted by 藤井哲也 at 00:00│Comments(0)
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