2020年02月11日

就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント④〈月刊「人事実務」2019年12月号より〉


 月刊「人事実務」に寄稿させて頂きました内容を分割掲載しています。
 第1回目は、なぜ今、就職氷河期世代支援なのか、そして就職氷河期世代を採用戦力化することによる企業側のメリットを取り上げました。第2回目は国の動向や厚労省の見解を、第3回目は氷河期非正規ミドルの採用のあり方を取り上げてきました。そして最後の第4回目は、どのようにして非正規ミドルを戦力化するのかを取り上げます。
 よく氷河期世代の採用に関しては話題に上がるのですが、どのように戦力化するのかが議論されていないように思われます。採用してもルーチンワークばかりの業務であれば、それは非正規労働と同じかもしれません。どのようにこの世代を育て上げ、所得や消費を高めていくことができるのかが本人にとっても、社会にとっても大事だと思われます。


  ✻  ✻  ✻

就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント④


                       藤井 哲也((株)パシオ 代表取締役)


6 非正規ミドルに対するマネジメント、キャリア支援、制度設計

 採用したのはいいが、やはり重要な点は、その人材が早期に戦力として活躍してくれたり、組織になんらかの良い作用を与えてくれることである。そこでマネジメント、キャリア支援、制度設計などについてどうすればよいのか、Q&A方式で着眼点を提示したい。

Q 受け入れ環境はどうすればいい?
A 基本的なビジネスマナーなどは学んでいることが多い。職場内の人間関係に配慮を。
 2003年当時、若年者が直面する厳しい就労環境に対応するため、「若者自立・挑戦プラン」が策定され、その中核的施策として各都道府県に若年者就業支援センター(ジョブカフェなど)が設置された。その後、取り組まれた基金訓練や求職者訓練制度などの公的職業訓練の民間委託事業も含めて一連の施策に筆者(藤井哲也)も関わってきたので、現場のことはよく理解できているつもりである。就職氷河期世代においては、総じて基本的なビジネスマナーや業務上必要なコミュニケーション、ITリテラシーは一定習得していると考えて良い。
 その上で企業が受入れ段階で気を付けるべきポイントは、職場内での人間関係にある。企業の年齢構成や職場風土にもよるが、ひとりだけポツンと就職氷河期世代の非正規ミドルが入れば、きっと浮いた存在になってしまう。特に平均年齢が若い職場にあっては、上司や人事労務担当者が適宜フォローアップを行うなど、職場環境や人間関係に早期に馴染めるように注意していく必要が出てくる。
 また正規雇用労働者として企業の中核的業務に関わってきた経験が少ないことから、専門用語やビジネス上のICTツールに対して若干ハードルを感じることもあるだろう。そうした場合は、暗黙知で理解しあえていた状態から、誰もが分かりやすい状態に移行するタイミング(好機)と捉えて、人事労務の立場からも現場に対して支援が望まれてくる。

Q マネジメント上、上司や管理職はどのように対応すればよい?
A メンターには就職氷河期の同世代を。必要に応じて目標設定等の調整を。
 「就職氷河期世代だから、このようなマネジメントが必要」というものは特段ない。非正規ミドルの戦力化にかかわらず、マネジメント力の向上は求められる。
 とはいえ確かにソーシャルサポートの観点からは、入社後、孤立感などを覚える非正規ミドルが居れば、適切なメンタルケアやソーシャルサポートが必要になってくる。特に同世代の話し相手やメンターがいれば対象者も精神的に安定した状態で就労していけるだろう。
 また、自己効力感が目に見えて低い場合は、マネジャーに求められる「ジョブアサイン(組織として達成すべき目標を踏まえ、部下に行わせる職務を具体化したうえで割り振り、その職務を達成するまで支援すること)」 において、目標設定や職務分担を最初は低めに設定し、達成支援においてもモニタリングや介入を注意深く行うなどの対策を講じなければならない。
 
Q 成長支援のためになにをすればよい?
A 小さくても成功体験が必要。フィードバックと内省支援が重要。
 「人は年を重ねるほど向上心が落ちていくもの」という考えを時々耳にするが、実際はどうなのだろうか。筆者(藤井哲也)はそうした考え方に違和感を覚えている。20歳から45歳までの方を対象として筆者が行った調査結果に基づくと、加齢による向上心や学習姿勢の低下はほとんど見られなかった。確かに脳の認知力という点では加齢による能力低下傾向が見られるようだが、それは60歳を超えてからの話 であり、氷河期世代の40歳前後の方たちはまだまだ成長していける年齢にあると考える。

就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント④〈月刊「人事実務」2019年12月号より〉
資料出所:筆者が2018年に調査委託し実施して得たデータを用いて作成
(「経験学習基盤」の概念は楠見孝氏の先行研究に従った)

 さて、正社員希望の非正規ミドルについては、先にも触れてきたとおり、仕事上の成功体験をあまり積めていないように思われる。そのため自信を失い、自己効力感が低下し、行動の幅を自ら狭めているように考えられるが、組織や上司の役割としては、小さくてもいいので、本人が成功体験を積み重ねていけるように支援することが重要である。
 その上で、「経験学習モデル」 に従って考えると、失敗も含めた様々な仕事上の経験を、組織として、または上司が適切にフィードバックしていき、内省機会を研修や自己啓発の中で得られるように努めることで、経験をスキル化していくことができる。スキルが高まり、それを自分自身が実感できるようになっていくことで、さらに自己効力感は高まり、少し高い目標にチャレンジしようとしたり、さらに学習意欲が増していくことになる。

就職氷河期世代の非正規ミドルを戦力化する 人事実務、マネジメント④〈月刊「人事実務」2019年12月号より〉
資料出所:中原淳(2013)「経験学習の理論的系譜と研究動向」『日本労働研究雑誌 2013年10月号(No.639)』6頁を基に筆者が作成

 半期に一度の評価面談ではなく、人事考課には反映しない、双方向性のあるリアルタイムフィードバック面談(1on1)の実施や、アクションラーニング研修の継続的な実施、どのようなことにチャレンジしたいのか(仕事上のこと、仕事外のことも含めて)を把握し、それを後押ししてく風土形成や施策など、最近の社員教育トレンドを加味した、自社なりの成長支援のあり方をぜひ検討して頂きたい。

Q キャリアアップに役立つ助成金はあるの?
A 就職氷河期世代支援策として助成金制度が拡充される。
詳細は厚労省ホームページなどをご覧いただきたいが、助成金の概要は次の通りである。

〇【従来から拡充】キャリアアップ助成金:非正規雇用労働者の企業内でのキャリアアップを促進するため、正社員化、処遇改善の取組を実施した事業主に対して助成する制度。有期契約社員を正規転換した場合は、57万円~72万円(中小企業は42万7500円~54万円)など。
〇【従来から拡充】人材開発支援助成金(旧キャリア形成促進助成金):非正規雇用労働者が正規社員に転換することを目的に企業内OJTと教育訓練機関等での座学を組み合わせた雇用型訓練を実施する事業者に対して、訓練経費や期間中の賃金の一部を助成する制度。今回、3か月以上6か月以下としていた訓練期間を、氷河期世代活躍支援にあわせて2か月以上6か月以下に変更した。

Q 賃金制度、評価制度で工夫すべきことは?
A 評価制度に馴染みない人もいる。まずは制度理解を図る必要がある。
 そもそも正規雇用形態で就労した経験がなかった場合、評価制度の枠内で働いたことがないかもしれない。派遣社員やアルバイト、パート、契約社員では、職務に対する適切な評価というよりも離職予防・定着促進の観点から、時給当たり数十円単位で昇給することが多いのが実態であろう。また正規雇用形態で働いた経験があったとしても、短期間で離職していたり、賃金等級や評価制度がない企業で働いていることも考えられる。評価制度そのものを氷河期世代向けに合わせる必要性は特段ないように考えられるが、制度の趣旨や内容をあらかじめ対象者に理解した上で就労できるように、人事労務担当者からの比較的丁寧な説明が求められるのではないだろうか。
 非正規ミドルにとっては、きっちりした等級制度、評価制度を経験し、窮屈さを覚える人もいるかもしれない。制度に慣れるまでは半期~1年程は人事労務または現場の裁量で柔軟に評価制度を運用していくことも考えられよう。

Q 労働時間や働き方について留意すべきことは?
A 働き方改革の意義を対象者自身にしっかり理解させつつ、新たな制度導入の検討も。
 プライベートなどを大切にしたいと思い、自分の都合で入りたい時にシフトを入れるという手軽さを非正規雇用労働者のメリットとして捉えて、敢えて非正規を続けてきた人も一定見られる。また入社後も、これまで自分が続けてきた個人事業主的な仕事を副業として続けたいという想いをもった人もいると考えられる。
 自律的に働いてもらわねば本人のキャリア形成も進まず、また組織にとっても生産性向上にはつながらないので、人事労務の立場から様々な検討が必要となってくる。
 すでにフレックスタイム制度や変形労働時間制度を導入していれば、その実効性が確保されるように組織に浸透していかねばならない。(制度上15時で帰ってもいいことになっていても、実際には帰りづらく機能していない職場はたくさんある。)また有給休暇についても試用期間中から認めたり、積立休暇制度を充実する先進事例が出てきているので企業規模に即して今後参考にしていきたい。
 雇用類似の働き方やテレワークに関してもまさに現在、政府で法制度の見直し検討が進められているが、近い将来、多様な雇用形態(雇用類似形態も含む)が混在した働き方が都心部から普及・一般化していくものと考えられる。就職氷河期世代の活用に限らず、企業には副業や兼業、もしくはテレワークや業務委託など企業内で混在する働き方を想定して、どのように対応すべきかの検討が求められてくるはずである。
 一方、2000年前後に初職を迎えた当該世代は、リストラの嵐が吹き荒れ、成果主義制度が普及して、いまでいうブラック職場を若手時代に経験してきた人も多い。筆者(藤井哲也)もそうした職場を数多く見てきた。そうした点で言えば、「正社員は長時間労働をすることが当たり前」という固定観念を持っている人も多くいるように思われる。働き方改革が急速に進む現在の職場環境にあって、まるっきり違う環境に戸惑いを覚えることもあるだろう。ある種の生ぬるさを感じてしまうこともあるのではないだろうか。
 万一、「サービス残業当たり前!」という非正規ミドルが職場に入ってきた場合、昨今の働き方改革推進を阻害しないように注意が必要である。非正規ミドル自体にも働き方改革の意義をよく理解することが求められるし、マネジメント側も「見せかけの勤勉」 を生むような情意評価を排し、出口評価(成果評価)の心掛けを持つ必要がある。近年、注目を浴びている、OKR(Objectives and Key Results)の考え方は、自己決定感や有意味感の点から、氷河期世代の内発的動機付けを喚起する施策として有効でないかと考えている。

Q どのように戦力化していくべきか?
A なぜ採用するのかを明確にし、ダイバーシティ・マネジメントを行う
 採用した非正規ミドルの成長支援を図り、戦力化していくことはいうまでもないが、人事労務担当者が取り組むべき事柄として、ダイバーシティ・マネジメントに触れたい。
 多様な人材を活用すれば、ダイバーシティが実現し、生産性向上やイノベーション創出につなげられると考えていれば間違いである。ダイバーシティ・マネジメントに詳しい尾崎俊哉氏は「より本質的な課題は、組織として、これまでの仕事の進め方を見直し、新たな仕事の進め方を策定することと連動した、多様な能力の活用を実現できるかどうかである。仕事のモジュール化や標準化、自社でやるべき仕事と社外のリソースを活用して進めるべき仕事との見極め、そのうえで新たな価値連鎖にもとづいた仕事の進め方と、それぞれの職務内容の明文化、それにより求められる能力の定義、などが同時におこなわれなくてはならない」 と述べる。
 単に多様な人材をつなぎあわせるだけでは価値創造も企業成長にもつながらない。逆にダイバーシティは非効率であるので、企業の停滞に結びつきかねない。就職氷河期世代の活用にしろ、女性活躍や障害者支援にしても必要なのは、彼らを活かす仕組みがあり、現場の上司や管理職がハブになれるかどうかである。また大前提として、なぜ多様性を採用しようとするのかも、自社のダイバーシティ・マネジメントの基軸を設定する点から、あらかじめ明確にしておくことが大切である。(*「人事実務」2019年8月号に尾崎俊哉氏が「経営視点からみたダイバーシティ・マネジメントの意義」を寄稿されているのでご参照頂きたい)

Q 非正規ミドルの長期就労と高齢化に向けて心掛けることは?
A 老後の生活基盤を築けるような制度や支援こそが、長期就労につながる
 35歳~44歳で、「長期にわたり不安定な就労状態にある方」は、厚労省推計によると54万1700人 であり、相当の潜在的求職者が労働市場にいることになる。非正規ミドルは現下の人手不足を解消する一助となるはずである。ぜひ採用し育成・戦力化に取り組んで頂きたいが、できるならば長期的な視点で組織への貢献も期待していきたい。
 その際、決定的に重要なのは、本人の成長意欲と就労意欲に尽きるが、人事労務担当者としては組織や仕事へのコミットメント、エンゲージメントを高めるべく、採用段階から非正規ミドル当事者の背景や思いも念頭において取り組んで頂きたい。
 何度か触れているが、非正規ミドルは本当に低所得・低貯金(無貯金世帯の割合も増えてきている )で生活してきた。いま一番不安なのは、働けなくなった時のことである。それは老後のことかもしれないし、急な傷病に襲われる時かもしれない。
 企業として非正規ミドルにできる限り中長期の就労、組織への貢献を求めるのであれば(もちろん求職者側もそれを望んで事が多く、そうした職場で働きたい)、貯蓄に回せるだけの給与水準、社会保障等の福利厚生面の充実、そしてキャリア成長の機会提供などが重要な要素となる。もはや終身雇用制度は瓦解している中で、将来的な雇用保障は難しい実情があるが、非正規ミドルにとってはそうした要素は恐らく他世代よりも重視する傾向があるのではないだろうか。
 また年齢的にも子どもがいることも想定しておきたい。筆者(藤井哲也)が経験したケースでは、ひとり親や生活困窮世帯で傍目から大変な状況であったとしても、彼ら彼女らは弱音を吐くことはなかなかない。一人ひとりの就労や生活背景を把握することができるならば、非正規ミドルと企業にとって中長期にわたってWin・Winの関係を築けるはずである。


7 むすび
 ここまで、採用や人事制度などの人事実務や、現場のマネジメントにおける着眼点を取り上げてきた。
しかし、施策としては緒に就いたばかりで知見は社会全体であまり蓄積されていない。次に取り上げられる山九(株)のような、氷河期世代に特化した採用・戦力化事例や、今後新たに取り組む企業・団体による個別具体的な施策検証などが進められ、それが社会に広く還元されることで、就職氷河期世代の一層の活躍推進につながるはずである。
筆者も引き続きこの問題を産官学の各方面においてモニタリングし、知見の共有を積極的に行っていきたいと考えている。

(以 上)


【プロフィール】 
藤井哲也(ふじい・てつや)
1978年生まれ。京都大学公共政策大学院修了。日本労務学会所属。2001年大学卒業後、大手人材派遣会社に就職。2003年に会社設立し代表取締役に就任。有料職業紹介事業、公共職業訓練委託運営事業、若年者就労支援事業などを手広く担う。地方議員を経て、現在、大手IT企業の政策渉外担当や、オープン・イノベーション推進に取り組む社団法人の役員なども兼ねる。著書・寄稿に「効果的なリテンションの進め方」(人事実務2017年4月)、「その会社、入ってはいけません!」(ソシム2011年)、「フリーターっていいの?悪いの?」(ジャパン総研2005年)など。



藤井哲也



※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。